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10年で変わらなかったこと〜私は週4で働きます〜

はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと

せっかくなので私もこの機会に自分自身のことについて書いてみようと思う。私は週に4日しか働かない。この10年、これについて散々試行錯誤してきた。10年間の思いの丈を綴るのでかなり長くなるが、今ようやく働き方が定着してきたのでこれまでの道のりについて書くことにする。

 

10年前といえば私は18歳。マクドナルドでアルバイトをしていた。初めてのバイト、初めての接客。たくさんミスをして迷惑をかけたが私の元気いっぱいの接客は褒めてもらえることが多く私は接客業に向いているのかもしれないな、と自信をつけてもらえる貴重な経験となった。ここから先私は10年間、接客業をすることになる。その基礎となる笑顔、挨拶、接客用語、そして自信を与えてくれたあのお店に今もとても感謝している。

短大に入って1ヶ月で辞めてしまった私は(その経緯については今回は省略する)社会人になる決意をし、ハローワークで紹介してもらったブライダルリングの販売員の求人に応募した。その世界がどんなに厳しいものかも知らず、接客は向いていそうだし本物のジュエリーってキラキラしていて働くのも楽しそう!ぐらいの気持ちだった。面接をしてくれた責任者は私の若くして社会に出る決意をした、という部分を大いに気に入ってくれ、その場で採用してくれた。私は晴れて正社員になった。私は会社で最年少の人材だった。この歳で入社したら、将来はさぞかしエースになるだろうね、楽しみだね、と何人も偉い人が挨拶をしに来てくれ、その度に採用してくれた責任者はそうなの、私の可愛い卵なのよと嬉しそうに私に期待の眼差しを向けた。

高校を卒業してちょっとだった私は突然、週5のフルタイムで働くことになった。朝の10時から夜は8時まで。バイトしていた頃とは比べ物にならない勤務時間だった。一通りの業務内容や雑務を教えてもらい、しばらく私は主に雑用をしながら先輩の接客の技を身につけていく、というスタイルで行く感じに収まった。基本は掃除に備品補充、宝石の手入れやお茶出しだった。私に出来ることはそれくらいだった。

私はかけられている期待を裏切るまいと努めて明るく楽しそうに、元気一杯の頑張り屋さんな新入社員でいようと頑張った。でもへこたれな私にはすぐに限界が来た。

週5勤務の毎日は帰ったら食べて寝るだけ、朝起きたら食べて行くだけだった。休みの日は疲れて出歩くことも減り、教えてもらったことや反省点をノートにまとめたりして終わった。私はまだ18歳で色んなことに興味があった。他にたくさん豊かな時間を持っていたのに。ギターを弾きながら歌ったり、絵を描いたりするのがとても好きだった。映画をみたりお洒落したり、友達とあったり、そんなことが全く出来なくなっていた。それがとても怖かった。あんなにも大好きだったことが、時間がこのまま遠く離れていってしまって忘れてしまうのか。それでいいのだろうか、それは大切なことのような気がするのに。黒い髪をぴっちりと分けて毎日ヒールを履いて、気を使い、いつも笑顔を貼り付けて宝石を磨き、邪魔にならないよう、でも意欲のないやつだと思われないよう適度に質問したりしてそんな毎日で私は摩耗してしまった。ある日帰ってきてベッドに倒れ込んだまま動けなくなった。その日から出勤時にいつも涙が出るようになってしまった。お店までの道のり、いつもある地点を過ぎると涙が出てくるのだ。そんな日々が続き、あるお昼休憩に私は携帯の求人サイトに出ていたカフェのアルバイト募集に応募する電話をかけてしまった。急いでご飯を食べて携帯を握りしめて外に飛び出していったのを、電話をかけた坂道を、よく覚えている。

私はたった半年でブライダルジュエリーの販売員を辞め、カフェのアルバイトをするフリーターになった。途中で別の会社に転職するものの、今もずっとカフェ店員を続けている。最初のうちはそのまま週5で働いていたが、自分の好きなことを心身ともに健康な状態で出来ないというストレスが私には大きかった。他の人より体力的にも精神的にもキャパオーバーになりやすいということにも気づいた。自分の心を豊かにする時間を犠牲にして、私は何を得るのだろう?と考えた。そのお金で何がしたいのか、何が手に入るのか。私はそんなお金よりも心が休まる時間が欲しかったのだ。実家暮らしだった私は母に相談して週4日の勤務にしてみようと思う、と相談した。体が丈夫ではない母はすぐに納得してくれた。前置きがかなり長くなったが、ここから私の週4でしか働けない戦いが始まった。

1日休みが増えることで気持ちはとても軽くなった。休みの日に遠くまで散歩をしたり、曲や動画を作ってみたり絵を描いてみたり、そんなの何になるの?と言われる、何にもならない自分のための時間が嬉しかった。したいことを形に出来る時間が嬉しかった。

一方でどうして週4勤務なのか尋ねられることも増えた。痛いところを突かれてしどろもどろになりながら話すとどの人も残念そうな顔をした。「そんなのみんなそれくらい働くものなんだよ」とか「時間の使い方が下手なだけでしょ」とか「若いうちにいっぱい働けるようにクセをつけておかないと」とか「働きたくないから理由つけてるんだね」とかそんな感じのことを散々言われてきた。どの人にも「甘い」と言われた私は「そうなのかもしれない」と思い、また週5の勤務に戻した。大学を辞めてフリーターの私はせめてもの週5で働いていないとゴミ人間のようだった。どうすれば週5で働けるのか、24〜26歳くらいまで試行錯誤した。同じ場所での週5勤務じゃなく、他の仕事も混ぜてみるというのを試した。喫茶店にレストラン、帽子屋さんなど6個くらい別の仕事をかけもちしてやってみた。が変わらなかった。私は自分の人生なので自分のための時間が欲しかった。自分が自分のために使う時間。私が週4で働くことによって誰に迷惑がかかるのか。一緒に住んでいる母だろうか、未来で一緒になるパートナーだろうか…。結局週4日勤務にしたものの、悩む日が続いた。

当時お付き合いしていた人と同棲する話が出ていた。ご両親にお会いしたとき週4どころかフリーターということがネックで全面拒否された。私は自分のことを素直に一生懸命話した。これまでのこと、接客が好きなこと、今の仕事に誇りを持っていること、どんなことを大切にして生きて行きたいかを熱弁した。返事はうちで正社員で雇ってあげるからそれなら許可するという内容の話だった。彼とはそれで終わり、以上。

私は「は〜馬鹿にされたな〜」と思った。フリーターは、週5で働けないやつはこんなにも世間から馬鹿にされるのかと。その人の中身も見てもらえない。むちゃくちゃ腹が立った。私はそこから度々一人暮らしをする物件を探し出した。一つ気になった物件があったので内覧に行くともうそれはそれはいい部屋で、好条件で絶対に住みたいと思った。母を説得するのが大変だったが、内覧した翌々日には契約していた。大きな大きな出窓のある6.5畳1Kの部屋だった。その出窓に何を置こうか考えただけで胸が躍った。駅近でキッチンも私の希望する2口コンロ、クローゼットとベランダもちゃんとあってエアコンもついているのに4万ポッキリのお家賃だった。しかも無料Wi-Fi付き。ちょっとお得すぎておかしくないかな?と思い私は不動産の人に「あのぅ…これは事故物件か何かですか…夜になったら変な現象が起こるとか…」と聞くほどだった。

私は週4勤務でこの一人暮らしをやっていってやるつもりだった。意地とプライドとワクワクでいっぱいの準備期間だった。その間も心配されたり馬鹿にされたりした。「私のような女にはなりたくない」とまで言われたこともある。そんなにスッパリと嫌味を言ってみたいものだと思う。なけなしの貯金で初期費用や冷蔵庫を買って、炊飯器や洗濯機は「一人暮らし時代に使ってたやつがまだあって、もう使わないから」と親切な友達がくれた。引越しも業者を使わずに友達に手伝ってもらってとても少ない金額で一人暮らしを始めることが出来た。今もとても感謝しているし、忘れることはない。

ここからの一人暮らしはそれはそれは楽しかった。そりゃ当然、お金はカツカツ。カツカツといっても、可哀想だと思われるような暮らしでは無かったと私自身は思う。お花だって飾ったし、好きな服だってたまになら買えるし、スーパーで買える食材で食べたい物はなんだって作れたし、映画も観れるし、本も買える。とても心豊かに過ごせていた。車を持ったり、たくさん貯金したり海外旅行に行ったりそんなことは難しいかもしれないが、私は日々の些細な楽しみが何よりも大切だった。自分だけのお金で一人暮らしが出来ているという事実がとても自信になったし、これでいいのだと思えた。

 

一人暮らしを始めてから1年も経っていない頃、あれよあれよという間にとんでもなく素敵な人とお付き合いすることになり半年も経たぬ間に同棲することになり、私の楽しい楽しい一人暮らしは終わった。今までの道のりをもし神様が見ていてくれたのなら、ご褒美に私の目の前にTさんを登場させてくれたのかもしれない。と思うが、彼は全く自分の力しか信じていないので、自分で行動した結果!という。そりゃそうだ、神様の手柄にされたらたまったもんじゃないね。そのTさんは週4勤務のお店の常連さんなのだ。私の頑張っている姿を見つけて、見てくれた人が居ただなんて、涙が出てくる。あの日、一人暮らしを決意した日から事態が良いように動き出したように思う。

 

彼に週4勤務を打ち明けて理解してもらうまで怖くて何度も泣いた。今まで馬鹿にされてきたこと、自分なりに試行錯誤してきたこと。彼は私は私らしくいられるのが1番良いと言ってくれ、もし出来そうだと思えたらいつでもやってみればいいと言ってくれた。2人暮らしになり、これから必要になるお金のことを考えた。今まで1人だったから、貯金があんまりなくても大丈夫、1人分くらい生きていけるとだろうと考えていたが、外国好きな彼に影響されて海外に行きたくなった。アメリカやフランスに1人旅に行ったことのある彼は現地の魅力をたくさん聞かせてくれ、私も行ってみたくなった。将来の子供のことや老後の健康のこと、住む家のこと、考えるとやっぱりお金が要る。そんな話をしている中で彼から自宅で出来る仕事について教えてもらった。私は目から鱗だった。在宅ワーク、というものだ。今フリーランスで仕事をしている人は沢山いる。関連本だっていっぱい出ている。私は彼の力を借りてしまったが、自由な働き方だってこの世にはあったんだ。もっと自分から探してみれば良かった。軌道に乗るまで時間がかかったし、絶対的な安定が保証されているわけではないが今はカフェと家での仕事を組み合わせて働いている。週3、4日は今まで通りカフェで働き、家で週10時間程度の仕事をする。在宅の仕事を組み合わせることで前より少しだけ多く働けている気がするし、体の調子も良い。お金も少しは多くなった。私はフランスに行って、現地でドレスを借りてフィルムでウエディング写真を撮ってもらうという夢が出来た。あと、劇場に行って演劇をみて(少しは)内容を理解してみたい。本当に出来るか分からないけど、細々とフランス語を勉強している。

 

この話を他の人がどう思うかは自由だと思う。一人暮らしだって長く出来たわけじゃないので説得力にも欠けると思う。でも、人は自分の好きなように働いていいんだと言いたい。会社に就職して、キャリアを積んで、輝いていけるのならもちろんそれでいい。でもそれによって自分が殺されてしまうぐらいなら、毎日がつまらなくなるのなら、好きなことが出来なくなるのなら、ならなくたっていい。そういう風に思う人が増えて、フリーターでも、週4しか働かなくても馬鹿にされない世の中になれば良いと思う。

もしここまで読んでくださる人がいたら、本当にありがとうございました。あなたに良いこと…たとえば新作のおやつが美味しかったとか、休みの日に晴天だったとか、上手く働けたとか、何かちょっとした良いことがありますように。そして、はてなブログ編集部の皆さん10周年おめでとうございます!これからもよろしくお願いします。

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